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2025/03/08
2025/02/13
こんにちは、芦屋ウィメンズクリニック院長の錢鴻武(せん こうぶ)です。
本日は、ホルモン補充療法(HRT)についてお話したいと思います。
HRTは更年期障害の主な治療法の一つですが、意外に敬遠される方が多く、正しく知られていないことが原因であると感じます。
本日はHRTのリスクとメリットについて、科学的に証明された真実をお話します。
40~50代の女性にとって、更年期症状は生活の質に大きな影響を与えるものです。ホットフラッシュ(ほてり)、発汗、動悸、不眠、気分の落ち込みなどが続くと、日常生活に支障をきたすこともあります。こうした症状を和らげる治療法の一つが、ホルモン補充療法(HRT)です。
ホルモン補充療法(HRT)には大きなメリットがありますが、当然ながらリスクも伴います。しかし、リスクを過度に心配するあまり、治療をためらうケースも少なくありません。その結果、「治療をしないことによるリスクやデメリット」を被っている場合もあります。
どんな疾患の治療でも同じことが言えますが、治療を選択する際には、「治療をする」ことのメリットとリスクだけでなく、「治療をしない」場合のリスクとデメリットも合わせて考えることが重要です。
外来診療で患者さんにホルモン剤のイメージについて尋ねると、多くの方が「なんとなく怖い」「リスクがありそう」「がんが心配」と答えます。特に「乳がんのリスクが高くなる」というイメージが根強く、多くの方がHRTをためらっています。
こうした認識の背景には、2002年に発表されたWHI(Women’s Health Initiative)研究があります。当時、この研究は「HRTは乳がんや心血管疾患のリスクを高める」という衝撃的な結論を発表し、世界中でHRTの使用率が急激に低下しました。しかし、その後の詳しい解析により、当初の報告には誤解が含まれていたことが判明しています。
結論から言うと、50代またはそれ以前にHRTを適切に開始すれば、リスクは比較的低く、多くのメリットを得られることが現在では明らかになっています。
WHI(Women’s Health Initiative)は、1990年代にアメリカで開始された大規模な女性の健康に関する研究です。閉経後の女性に対するホルモン療法が、乳がんや心血管疾患、骨密度、糖尿病などにどのような影響を与えるのかを調査しました。
しかし、当初の報告には以下の誤解が含まれていました。
WHIに参加した女性の平均年齢は63歳(50~79歳)で、多くが閉経後10年以上経過していました。しかし、実際にホルモン補充療法を開始するのは40代後半〜50代が中心です。このため、研究結果をそのまますべての女性に適用するのは適切ではありません。
当初の報告では、「ホルモン療法を受けた女性の乳がんリスクが年間1,000人あたり8人から10人に増加した」とされました。しかし、これは年間2人(0.2%)の増加に過ぎず、しかも5年以上の長期使用の場合なので、決して急激な上昇ではありません。
また、エストロゲン単独療法(子宮摘出後の女性に使用)では、乳がんリスクが増加しないどころか、低下する可能性があることが分かっています。
さらに、乳癌のリスクを上昇させると考えられているプロゲスチンも、現在では天然型のプロゲステロンが使われるようになり、理論的には乳癌のリスクを上昇させないと言われています。
WHIの初期報告では、HRTが心血管疾患のリスクを高めるとされましたが、後の解析では開始年齢が重要な要因であることが判明しました。
つまり、早期にHRTを始めることで、むしろ健康リスクを抑えることができるのです。
HRTは、更年期症状を和らげるだけでなく、以下のような長期的な健康維持効果[1]も期待できます。
続けて、「治療を受けない」デメリットについても考えていきましょう。
WHI研究の結果を受け、米国ではHRTの使用率が大幅に減少しました。40歳以上の女性におけるHRTの使用率は、2002年までの22%から2003~2004年には12%に低下し、2009~2010年にはわずか4.7%にまで落ち込みました。 その後の追加解析で、閉経後10年以内または60歳未満の女性では、HRTのメリットがリスクを上回ることが明らかになったにもかかわらず、多くの方がHRTを受けない選択をし続けています。
WHI研究の結果を受けて、特に子宮摘出後の女性におけるエストロゲン単独療法の使用率が低下しました。その影響として、50代の女性の死亡率が上昇したとする研究結果があります[2]。推定では18,601人から91,601人の追加死亡が発生した可能性があるとされています。また、HRTの使用を控えたことで、更年期症状の緩和が十分に行われなかった女性が多く、これが生活の質(QOL)の低下につながっている可能性も指摘されています。
HRTの使用が減少したことで、50代の女性における慢性疾患(乳がん、心疾患、大腸がん、骨折)の増加により、41億ドル(約6,000億円)の医療費が追加で発生[3]したとされています。一方で、60代・70代の女性では、HRTを受けないことによる医療費の減少が見られましたが、これはそもそもその年齢層はHRTの適応ではないためです。
WHI研究の影響で「HRT=危険」と誤解されがちですが、現在では50代の閉経後女性が適切に使用すれば、メリットがリスクを上回ることがわかっています。一方でHRTを行わないことによるデメリットがあることも分かっています。
以上、ホルモン補充療法(HRT)の真実についてお話しましたが、いかがでしたでしょうか?
我々医師が提供する治療には、メリットと同時になにかしらのリスクが必ずあります。ただし、通常は治療で得られるメリットがリスクを上回るからこそ、その治療が行われます。リスクを過度に恐れるがあまりに、治療の機会を失なうことは本末転倒だと思いませんか?
「治療を受ける」ことによるリスクを知ることは大切ですが、「治療を受けない」ことによるリスクについても知ることで、より良い選択ができると思います。HRTに関心がある方は、ぜひご相談ください。自分に合った治療を選ぶことで、更年期を快適に過ごし、健康的な未来を手に入れましょう。
参考:
[1]Cynthia A. Stuenkel et. al. Treatment of Symptoms of the Menopause: An Endocrine Society Clinical Practice Guideline; The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism, 2015 Nov;100(11):3975–4011
[2]Philip M Sharell et. al. The mortality toll of estrogen avoidance: an analysis of excess deaths among hysterectomized women aged 50 to 59 years; American Journal of Public Health. 2013 Sep;103(9):1583-8.
[3]Macarius M Donnevong et. al. The Women’s Health Initiative Estrogen-alone Trial had differential disease and medical expenditure consequences across age groups; Menopause. 2020 Jun;27(6):632-639.