
未来を守る手術の話_第2回...
2025/07/21
2025/07/21
こんにちは
芦屋ウィメンズクリニックの錢 鴻武(せん こうぶ)です。
「その手術は、“今”のため? それとも“未来”のため?」
連載『未来を守る手術の話』、第2話を公開しました。
今回お届けするのは、私が研修医の頃に出会った、忘れられない患者さんのお話です。
無事に終わったはずの手術。でも、彼女の未来は、大きく変わってしまいました。
「疾患を取り除く」だけでなく、「どんな人生を支える手術なのか」という視点の大切さ。
その原点となった出来事を、ぜひお読みください。
(第1話をお見逃しの方はこちらから)
医師として歩みはじめたばかりの頃、私は忘れられない患者さんに出会いました。
当時、私は研修医として勤務していました。
ある日、担当することになったのは、20代の女性。
激しい腹痛を訴えて救急外来を受診し、両側の卵巣にチョコレート嚢腫(子宮内膜症性嚢胞)が見つかりました。
診断は、チョコレート嚢腫の破裂による急性腹症。
その日のうちに緊急手術が行われ、私は助手として参加しました。
手術はトラブルなく終了。
術後に痛みも落ち着き、数日後には無事に退院されました。
経過も「順調」。ーーそう思っていました。
でもその後、彼女は「月経が戻らない」と再び来院しました。
検査の結果、卵巣機能がほとんど失われていることが分かりました。
手術によって、妊娠という未来を奪ってしまった。
あのとき、私の中で大きな何かが揺れました。
たしかに、病変は取り除かれた。
症状も改善した。
けれど――それで良かったのか?
彼女の未来は、ここからどうなるのか?
それは、一見“無事に終えた手術”であっても、
彼女にとっての「無事」ではなかったのです。
それ以来、私は自分に問い続けています。
「この手術で何を優先すべきなのか?」
「この人の“未来”をちゃんと見据えられているか?」
そして、私がこだわり続けているのは、
✔︎ 卵巣の機能をどうすれば守れるか
✔︎ そもそも手術が最善の選択肢なのか
✔︎ 一人ひとりの背景に、きちんと目を向けられているか
特にチョコレート嚢腫は、病変と正常な組織の境目があいまいなことが多く、
取りすぎても、残しすぎても、その後の機能に影響が出てしまいます。
だからこそ重要なのは子宮内膜症という病気への深い理解と、卵巣機能への十分な配慮。
「どこまで取るか」ではなく、「どこまで残すか」。
ときには「疾患の根治」よりも「機能の温存」を優先すべきケースもあります。
私は、その視点を大切にして手術に向き合ってきました。
多くの患者さんは、「病変を取る手術」としか説明を受けていません。
でも、本当に必要なのは――
「どう残すか」「どんな人生を支える手術なのか」という視点だと思います。
私自身、かつて“望まない未来”を生んでしまった手術に立ち会った経験があります。
だからこそ、この視点の重要性を、伝えていかなければならないと感じています。
もちろん、20年以上も前の当時のを今の常識や知識で批判するのはフェアではありません。
それでも、あのときの自分には、子宮内膜症という疾患への理解や、卵巣機能に対する配慮が足りなかった――その事実からは目をそむけません。
「未来を守る手術」がもっと広がってほしい。
この連載が、誰かの“未来の選び方”のきっかけになれば。
そんな思いを込めて、今日も診療を続けています。
〜卵巣嚢腫手術と妊娠力のリアル〜妊娠の予定はまだないけど、いつかは子どもがほしいーー。
そう考えている方こそ、知っておいてほしいことがあります。
次回は、卵巣嚢腫手術と妊娠の関係について、わかりやすくお伝えします。
🔗診療予約ページ(初診よりオンライン診療もご利用いただけます)
錢 鴻武(産婦人科医/芦屋ウィメンズクリニック院長)
日本産科婦人科内視鏡学会 腹腔鏡・子宮鏡技術認定医
日本外科内視鏡学会 技術認定(産婦人科領域)
日本女性骨盤底医学会 専門医
「未来を守る医療」を信念に、子宮や卵巣の温存手術では機能の温存・回復にこだわった婦人科手術を専門に行う。
手術の技術だけでなく、術前の迷いや不安にも正面から向き合う診療スタイルが信条。
趣味はマラソン。走る医師として、サロマ湖ウルトラマラソンを10回完走し「サロマンブルー」の称号を得ている。フルマラソン自己ベストは2時間53分、富士登山競走も2回頂上まで完走。